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No.002a
米沢の転車台が先週解体されました。
私たちは昨日午前中、転車台前で抗議集会をひらき、下掲のような決議を採択しました。
いまは、コンクリートの円坑までも壊されてしまい、跡形もありません。解体された
一部だけでも保存を、と要望しましたが、銘板以外はだめでした。
“生前”のご厚誼に感謝申し上げます。
| 決 議    転 車 台 の 解 体 強 行 に 抗 議 す る 解 体 工 事 は た だ ち に 中 止 せ よ 
 米沢駅の転車台は、保存・活用を求める多くの市民・国民の声、文化庁など文化財
行政機関、産業考古学会など有識者の意見を無視して、本日解体工事が強行された。
 転車台は、1928年に設置され、以後、米沢と首都とをむすぶ全国屈指の鉄道難
所の奥羽本線板谷峠、日本海の玄関口新潟とをむすぶ米坂線の車両基地として、半世
紀のあいだ大きな役割を果たしてきた。米沢の近現代史を証言する貴重な産業遺産・
近代化遺産であり、重要な文化遺産である。
 
 一昨年来、米沢駅の機関車庫と転車台を保存する会がよびかけた「保存を求める署
名」は約5000名分が米沢市長・教育長に届けられている。また、市長のもとには
、いくつかの団体からの要望書や約30通の手紙が寄せられている。 
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